「人不知而不慍、不亦君子乎」な人間関係


 漢文を久しぶりに声を出して読んでみました。それも、かなり大きな声で。
 音読して、リズムとイントネーションで身体にいれていく。それも、本質的なことを。これも、いい時間ですね。

子曰、學而時習之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎、人不知而不慍、不亦君子乎

(書き下し文)
子曰(い)わく、学びて時にこれを習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)有りて遠方より来たる、亦楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや。

(現代語訳)
孔子がおっしゃいました、
「学んだことを時に復習するのはより理解が深まり楽しい事だ。友人が遠くから訪ねてくれて学問について話合うのは喜ばしい事だ。他人に理解されなくとも、ふてくされたようにしない(気にしない)、と言うのはとても立派な事だ。」




 他人に理解されなくとも、ふてくされたようにしない、気にしない。
  ・そもそも相手のことは理解できないという前提を述べているのでしょうか?
  ・では、人と人は、それぞれどんな人物であったらいいのでしょうか?
  ・君子って、どういう人?



気づき)
 「人不知而不慍、不亦君子乎」最後のフレーズが私には、学びどころ
 この本、大人でももちろんOKです!

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